湯前薬師如来堂縁起


薬師如来(やくしにょらい)。薬壺を持ち、病気を治す仏様として有名。薬師三尊は両脇に日光菩薩、月光菩薩。まわりを十二神将が守護し、昼夜24時間全方向にいる病の人を助けてくださいます。
(真言宗真言)おんころころせんだりまとうぎそわか。
薬師如来は西方極楽浄土の阿弥陀如来に対して東方浄瑠璃界の教主です。その名の通り医薬を司る仏で、医王という別名もあり、衆生の病気を治し、安楽を与える仏とされます。このため仏像もしばしば薬壷を持っています。薬師如来は菩薩であったころ、十二の大願を立てたとされ、その七番目の願いに「病のものも私の名前を聞けば患いが除かれる」とあって、これが薬師信仰の根拠とされています。

 
薬師如来は東方浄瑠璃浄土の世界におられる仏で、西方浄土におられる阿弥陀如来とともに、むかしから広く人びとの信仰を集めてきた仏さまです。
 この東方の薬師仏は、一切衆生の苦しみや悩みを癒してくださる大慈大悲の仏さまで、とくに治病延命・不老長寿のご利益があると信じられており、全国の代表的な温泉地にはよく薬師如来が祀られています。
 昭和5年(1930年)、船津彦蔵・坂井庫三郎・佐藤運作・坂井林四郎・大沼甚四郎・篠原又兵衛・坂井六郎・坂井肇・関喜三郎らは、洞爺湖温泉の発展と安全を願って薬師如来堂の建立を発願、福島県喜久田村(現郡山市)竜角寺住職、鈴木信栄師を願主として勧進をはじめ、虻田町本町の山本庄太郎が請負人となって堂宇を建立しました。
 本尊はこの浄業を理解した奈良県にある牡丹と観音様で有名な長谷寺より下付された江戸時代後期のもので、時の真言宗豊山派管長加藤精神大僧正により開眼され、昭和5年7月8日の入仏式に併せて送られました。
 堂守は願主の弟子である村上信聖師が派遣され洞爺湖温泉に来住、以来、湯前薬師如来は洞爺湖温泉住民の心の支えとして信仰を集めてきました。堂宇のあった場所は最初に発見された泉源に近い現温泉ホテルの付近でした。この最初の堂宇は道路の変更などのため移転のやむなきに至り、村上師は新しく「温泉大師堂」を建立して薬師如来像を遷座(仏像を移動すること)したといわれています。
 昭和年(1955年)頃、高齢となった村上師は福島県へ帰郷するに当り、斉藤東四郎・坂井六郎を介して北海道三十三観音霊場の札所である虻田町の亮昌寺に薬師如如来像を奉納、亮昌寺では本堂にこれを安置して篤く祀りつづけてきましたが、温泉地区住民は平成年有珠山復興を機に、この由緒ある薬師如来像を再び洞爺湖温泉町にお迎えし、衆生済度の薬師如来とともに世紀の洞爺湖温泉を建設していきたいという願いから、堂宇を建立し「湯前薬師如来像」を遷座しました。
 さて、私たちの心の中に呼びかける薬師如来のご真言は
              「オン コロコロ センダリ マトオギ ソワカ」です。
「薬師如来よ、災難と病苦を取り去りたまえ、取り去りたまえ。
薬よ、薬よ、私を守護したまえ」という意味です。声を出して何回か唱えてみてはいかがですか。きっとご利益があるはずです。


                    平成16年11月吉日(2004年10月)